田園都市手帖

 第1回 田園都市の誕生と日本における田園都市発展の概説  1 2 3

 20世紀初頭のふたつの偉大な発明、それは飛行機と田園都市だったといわれています。
 理想的郊外高級住宅地の源流「田園都市」の構想は、今からおよそ100年前、イギリスの経済学者ハワードによって提唱されました。19世紀のイギリスの都市生活は、産業の発達に伴う大気汚染などのため、多くの人々にとって快適なものではありませんでした。
 この状況を改善するため、ハワードは1898年に「明日の田園都市」を発刊し、「きわめて精力的で活動的な都市のあらゆる利点と農村の全ての美しさが完全に融合した田園都市」の建設の必要性を訴えました。この考え方は大きな反響を呼び、20世紀初頭、ロンドン郊外に産業と快適な住宅が調和した最初の田園都市、「レッチワース・ガーデンシティ」が誕生しました。
 レッチワースに端を発する「田園都市構想」は、その後、英国内のみならず海外にも波及しました。日本では、渋澤栄一がいち早く田園都市理念に注目し、その子渋澤秀雄の設立した田園都市株式会社によって、日本における田園都市構想実現の第一歩となる田園調布の街づくりが行われました。
 大正から昭和初期の郊外住宅が未発達であった頃、田園調布の充実した基盤整備や豊かな自然、洗練されたセンスは非常に斬新なものでした。田園調布には、当時誕生したばかりのホワイトカラーの上層部の人や軍人、大学教授、医師といった人々が住み着き、志の高いコミュニティーが形成されました。この精神は、戦後東急電鉄によって開発された多摩田園都市へと受け継がれていきました。
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